エジプト旅行・ツアー・観光 5千年の時を超えて、今もなお巨大な遺跡の数々が存在する国 エジプト。古代のロマンが凝縮された国。 カイロ、ルクソール他、お得なエジプト旅行情報満載!LOOK AT EGYPT TOURSのおすすめツアーから、こだわりのプランを検索&予約♪ !!エジプト旅行情報。有名旅行会社からエジプト行き格安航空券と格安ツアーをまとめて検索 !! 当LOOK AT EGYPT TOURSは、現地の大手ツアー会社で長年経験を培った人材が集まって 2006年に設立された 。 何かしらご質問がありましたらお気軽にご連絡をください どうぞよろしくお願いします! ahmed@lookategypt.com www.lookategypt.com
Sunday, 30 March 2014
Tuesday, 25 March 2014
古代エジプト調査隊の歩み
古代エジプト調査隊の歩み
早稲田大学古代エジプト調査隊の活動は1966年のジェネラル・サーベイによって幕を開けた。今でこそエジプトの数多くの遺跡で調査・研究を行っている早稲田隊だが、エジプトでの発掘権を取得するという、その第一歩は非常に困難なことであった。3年をかけ、アジアの国で初めての発掘権を獲得した後、72年、ルクソール西岸マルカタ南遺跡に記念すべき最初の鍬をおろすことができたのである。その後は、ハイテク機器を駆使した独自の方法で精力的に調査を進めていき、クフ王の「第2の太陽の船」やラメセス2世の第4王子カエムワセトが建立した石造建造物の発見、人工衛星によるダハシュール北遺跡の発見など、数々の成果を挙げている。困難さえ次なる成功へのステップにしてしまうバイタリティーこそ、早稲田隊の財産と言えよう
早稲田大学古代エジプト調査隊の活動は1966年のジェネラル・サーベイによって幕を開けた。今でこそエジプトの数多くの遺跡で調査・研究を行っている早稲田隊だが、エジプトでの発掘権を取得するという、その第一歩は非常に困難なことであった。3年をかけ、アジアの国で初めての発掘権を獲得した後、72年、ルクソール西岸マルカタ南遺跡に記念すべき最初の鍬をおろすことができたのである。その後は、ハイテク機器を駆使した独自の方法で精力的に調査を進めていき、クフ王の「第2の太陽の船」やラメセス2世の第4王子カエムワセトが建立した石造建造物の発見、人工衛星によるダハシュール北遺跡の発見など、数々の成果を挙げている。困難さえ次なる成功へのステップにしてしまうバイタリティーこそ、早稲田隊の財産と言えよう
ジェネラル・サーベイ
(一番左が吉村教授)
1966年、早稲田大学3年生だった吉村教授と、同じ志を持つ仲間4名、そして故・川村喜一教授による、日本人として初めてのエジプト踏破調査。この調査では、地中海に近いアレキサンドリアからナセル湖畔のアブ・シンベルまで、ナイル川に沿ってほぼエジプト全域に広がる遺跡群を、約半年間かけて2回にわたって調査した
(一番左が吉村教授)
1966年、早稲田大学3年生だった吉村教授と、同じ志を持つ仲間4名、そして故・川村喜一教授による、日本人として初めてのエジプト踏破調査。この調査では、地中海に近いアレキサンドリアからナセル湖畔のアブ・シンベルまで、ナイル川に沿ってほぼエジプト全域に広がる遺跡群を、約半年間かけて2回にわたって調査した
マルカタ南/ローマ住居址
1972年1月、早稲田大学エジプト調査隊が発掘に当たった最初の地がルクソール西岸マルカタ南遺跡であった。マルカタ南は、正式にはデイル・アル=シャルウィートと呼ばれる地域で、グレコ・ローマン時代に建てられたイシス神殿址がある。発掘はその神域に残るローマ時代の建物址から始められ、先王朝時代の化粧板やスティック、テラコッタ製のランプ、石灰岩製の牛頭神像、コイン、オストラコンなど数多くの遺物が発見された
1972年1月、早稲田大学エジプト調査隊が発掘に当たった最初の地がルクソール西岸マルカタ南遺跡であった。マルカタ南は、正式にはデイル・アル=シャルウィートと呼ばれる地域で、グレコ・ローマン時代に建てられたイシス神殿址がある。発掘はその神域に残るローマ時代の建物址から始められ、先王朝時代の化粧板やスティック、テラコッタ製のランプ、石灰岩製の牛頭神像、コイン、オストラコンなど数多くの遺物が発見された
マルカタ南/魚の丘遺跡
1974年1月からの第3次マルカタ南遺跡発掘調査において、イシス神殿の北方250mに位置する「魚の丘」(コム・アル=サマック)の発掘が開始され、彩色階段が発見された。幅3.5m、奥行き55cm、高さ5cm、踏面に捕虜と「不戦の弓」の絵が交互に描かれているこの階段の発見は、世界的なニュースとなった。続く第4次調査で、この建物址が新王国時代第18王朝のファラオ、アメンヘテプ3世の儀式用のものであると判明。その後も色鮮やかな彩画片が大量に出土し、現在も復元研究が続けられてい
る
1974年1月からの第3次マルカタ南遺跡発掘調査において、イシス神殿の北方250mに位置する「魚の丘」(コム・アル=サマック)の発掘が開始され、彩色階段が発見された。幅3.5m、奥行き55cm、高さ5cm、踏面に捕虜と「不戦の弓」の絵が交互に描かれているこの階段の発見は、世界的なニュースとなった。続く第4次調査で、この建物址が新王国時代第18王朝のファラオ、アメンヘテプ3世の儀式用のものであると判明。その後も色鮮やかな彩画片が大量に出土し、現在も復元研究が続けられてい
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アル=フスタート
クルナ村貴族墓
ルクソール西岸に位置するクルナ村は、新王国時代の岩窟墳墓群が建造されている村で、その墓は村人の住居にもなっている。「魚の丘」との比較研究を目的として、1980年12月から調査は始まった。84年には317号墓から200体にものぼるミイラが発見され、また、86年12月に始まったドゥラ・アブー・アル=ナガ地区の調査では、W4号墓(早稲田隊が発見した墓には「W」の頭文字がつく)から色彩が残る男性彫像や石柱などが発見されている
ルクソール西岸に位置するクルナ村は、新王国時代の岩窟墳墓群が建造されている村で、その墓は村人の住居にもなっている。「魚の丘」との比較研究を目的として、1980年12月から調査は始まった。84年には317号墓から200体にものぼるミイラが発見され、また、86年12月に始まったドゥラ・アブー・アル=ナガ地区の調査では、W4号墓(早稲田隊が発見した墓には「W」の頭文字がつく)から色彩が残る男性彫像や石柱などが発見されている
マルカタ王宮址
ピラミッド調査1987年1月、エジプト政府からの要請を受け、早稲田隊はエジプトに現存する最古の真正ピラミッドであるクフ王の大ピラミッドの調査を開始した。遺跡を破壊せずに内部構造を調べることを目的としているため、電磁波レーダー探査機や微小重力計など、最新のハイテク技術を駆使し調査にとりかかった。これにより、大ピラミッド内部の未知の空間や「第2の太陽の船」の発見という大きな成果をもたらされた。
第2の太陽の船
王家の谷・西谷発掘調査プロジェクト
アブ・シール南丘陵遺跡発掘調査プロジェクト
ダハシュール北遺跡発掘調査プロジェクト
アメンヘテプ3世王墓保存修復プロジェクト
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エジプト旅行・ツアー 観光(エジブト格安旅行): 太陽の船プロジェクトの報告
エジプト旅行・ツアー 観光(エジブト格安旅行): 太陽の船プロジェクトの報告: (この記事は無料メールマガジン『限りなく日刊に近いDaily作治』のお試し版です。2014年4月からメール形式での配信を開始します。ご登録は こちら から) 船坑内の船の部材の取り上げは順調に進んでいます。順調すぎて、保存修復が追い付かない面も出ていまして、取り上げ速度...
太陽の船プロジェクトの報告
(この記事は無料メールマガジン『限りなく日刊に近いDaily作治』のお試し版です。2014年4月からメール形式での配信を開始します。ご登録はこちらから)
船坑内の船の部材の取り上げは順調に進んでいます。順調すぎて、保存修復が追い付かない面も出ていまして、取り上げ速度をスピードダウンすることにしました。また、作業効率を上げるためにクレーンをもう一基作りました。
これは、ただ単に一基より二基の方がより多く取り上げられるという単純な考えだけではなく、4m、5m、いや7mという長尺のものを取り上げるときには一基では不可能だからなんです。東と西にクレーンを据えて間を空け、そこに側板を設置し長尺のものを取り上げるのです。
今のところはまだそのようなものは取り上げ予定に入っていませんが、4mから5mにおよぶキャビンのパネル板が40枚あります。このときには長さもさることながら、幅や重さも重要なポイントとなるでしょう。取り上げ前半の山場です。
これらの作業を行うため2つの補強策をとりました。一つ目は機具や機械そして薬品などの整備です。それと再度、部材の安全性を高めるためのテストを行いました。このテストはこれから先50年100年経っても変質しない、劣化しないという保証をしなければならないので、慎重かつ丁寧に行う必要があり、今でも行っています。もし必要とあれば日本に部材を持ち込んで、カイロでのテストとは別に行うつもりです。これに時間がかかっているので、取り上げた部材が整理棚にたまってしまっています。
それと人材の補強です。修復師は何人いても十分とは言えませんが、やはり統制が取れる人数というのがありますので、多ければいいというものでもありません。今は日本人が少ないので1人か2人増員するつもりですが、意外と日本では修復師の需要が多く、いい人材を確保するのが難しい状況です。
エジプトではG.E.M.C.C.(Grand Egyptian Museum Conservation Center;大エジプト博物館修復センター)において、急ごしらえで修復師を育成しています。しかし急に作れるものではなく、経験もあり、きちんと仕事をする若者を何人か選びました。修復師の仕事は考古学の中でも根気がいるものですから、若くて意欲のある人がいいのです。
というわけで、本年(2014年)3月末までには体制を立てて作業に入ろうと思っています。今後はラマダン(6月中旬)までの約3か月間が大切な時となるでしょう。今回、タイミングが良く、エジプトのアル=アハラム紙が取材に来て下さり、記事が掲載されました。
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