Saturday, 5 April 2014

ファイユーム

ファイユームは地下水ではなくナイル川が水源になっていることから、厳密にはオアシスとは呼べません。古代からのユーセフ運河は街の中心を流れ、この土地を潤しています。
言い伝えによると、ファラオの建築家であったヨセフがこの運河の建設に携わったと言われています。この建設には1000日、つまりアラビア語でアリフ・ユームかかったことが、この土地の名前の由来です。
カイロからわずか車で2時間程、1年を通して温暖な気候に恵まれ、3世紀プトレマイオス時代にエジプトに伝えられた多くの水車や豊かな農耕地で有名です。綿、クローバー、トマト、薬草、果物などが栽培されています。ファイユーム市のスーク(市場)では金、銅製品、スパイスなどが売られ、週に一度は陶器市も開かれています。
スークに面しているのは5つのアーチを持つハンギング・モスクで、付近には15世紀にスルタン・カイトベイによって建てられたクワワンド・モスクがあります。
ファイユームはファラオ時代からの狩猟地で、また当時はクロコダイロポリスと呼ばれ、セベク神信仰の中心地でした。ファラオ・メナはファイユームで狩りを楽しんでいる際にワニに生命を救われたことから、聖なる池に住むワニはその後、神官たちにより飼育され、神として崇められることになりました。
この地域には多くのファラオ時代の遺跡が残っています。第12王朝アメンエムハト3世により建造されたハワラ・ピラミッド、第12王朝センウセルト2世により建造されたラホーン・ピラミッド、第12王朝アメンエムハト3世と4世により建造されたメディネト・マーディ神殿、中王国時代に建てられたカルーン北にあるカスル・アル・サグハ神殿、さらにファイユームの北30km程にグレコ・ローマ時代のモニュメントがあります。
ファイユーム近郊にはキリスト教のモニュメントやイスラム教のモスクもあります。
カルーン湖付近には、ベドウィンの居住地と漁村があり、また野鳥類も多く生息しています。この砂漠の端にあたる地域では、ボート、ウインド・サーフィン、水泳、釣りなどが楽しめます。ファイユーム付近では他に、アイン・アル・シリィーンの温泉やバハレイヤ方向へ40km程のワディ・アル・ラヤンの滝で水泳、ピクニックが楽しめます。
ファイユーム知事と環境省・観光省との間で、環境、農業、民族芸能、手工芸品などを視野に入れて、ファイユームをエコ・ツーリズム地域にしていく観光方針が確認されました。ファイユームは紀元前2世紀に築かれた自然と文化に富んでいる地域で知られています。ファイユーム知事は、ファイユームは世界の希少動物28種類のうち12種類が正棲息していることに加えて、有史以前、ファラオ時代、ローマ時代、イスラム時代、コプト時代からの固有の考古学遺跡を所有しています。このことからファイユームはエコ・ツーリズムには最適の環境にあると述べています。2003年1月、ファイユームにて、ファイユーム知事、環境大臣、観光大臣及びファイユームの実業家を交えて、率直な意見交換が交わされます。
ハワラ・ピラミッド
ハワラ・ピラミッド
メイドゥームのピラミッド
メイドゥームのピラミッド
カルーン湖
カルーン湖www.lookategypt.com

Egypt experience , look at Egypt tours

Friday, 4 April 2014

エジプト旅行・ツアー 観光(エジブト格安旅行): 聖家族のエジプト訪問の旅

エジプト旅行・ツアー 観光(エジブト格安旅行): 聖家族のエジプト訪問の旅: 聖家族のエジプト訪問の旅は、エジプト史の中でも、大変重要な意味をもっています。それはパレスチナでの難を逃れるためヨセフによる天の言葉に導かれ始まりました。聖母マリアは幼いイエス・キリストを腕に抱いてロバに乗り、ヨセフがロバの手綱を引いて歩を進めました。 エジプトまでの...

聖家族のエジプト訪問の旅

聖家族の旅のImage聖家族のエジプト訪問の旅は、エジプト史の中でも、大変重要な意味をもっています。それはパレスチナでの難を逃れるためヨセフによる天の言葉に導かれ始まりました。聖母マリアは幼いイエス・キリストを腕に抱いてロバに乗り、ヨセフがロバの手綱を引いて歩を進めました。
エジプトまでの道のりは険しく、決して容易なものではありませんでした。砂漠や高原、谷を越え、生命を脅かすいくつもの危険に直面しましたが、一歩づつ歩を進めていきました。
また灼熱の太陽が照りつける砂漠や厳しい夜の寒さ、喉の渇きや食料不足など不測の事態を絶えず懸念し、幼いイエス・キリストの健康状態が心配される、聖母マリアにとって不安は尽きない旅でした。
コプト教の歴史に関わる最も信憑性の高い図書の一つであるセオフィロ神父(アレキサンドリアの教皇の一人)によって書かれた書物によると、聖家族がパレスチナからエジプトへ渡った当時、旅人のルートは3つあったと言われています。しかし、聖家族はそれらのどのルートもとらず、独自のルートを進みました。このことは、聖家族がユダヤ王ヘドロの邪悪な圧政から逃れようとしていたことを考えると明らかで、聖家族が神と天使に導かれエジプトに進んだことがコプト教の殉教史の中に言及されています。
古代の祭壇石・
ムハラク修道院・
アシュート
古代の祭壇石・
ムハラク修道院・
アシュート
聖デミアーナの聖画像・
アブセフィーン教会
・オールドカイロ
聖デミアーナの聖画像・
アブセフィーン教会
・オールドカイロ

聖母マリア聖家族はベツレヘムからガザ、そしてエル・アリシュ(El-Arish)の西約37kmに位置するエル・ザラニーク(El-Zaraniq)という特別保護地域に進み、シナイ半島の北部を通りファルマ(Farma)からポードサイド(Port Said)へ進みました。さらに現在のシャルケイア県(Sharqiah Governorate) ザガジグ市(Zagazig)カイロの北西約100kmに近いテル・バスタ町(Tel Basta)に入りました。イエス・キリストはこの町に水を湧き出させ泉を作りました。しかし、聖家族がこの町に入ると数多くあった偶像が全て大地に倒れ落ちたため、町の住民は聖家族に辛くあたり、聖家族はテル・バスタ町を後にして南へ向かいました。
次に訪れたのはカイロから10km程のモストロド(Mostorod)です。ここは当時アル・マハムマ(Al-Mahamma)と呼ばれていました。この地名は聖母マリアが幼いイエス・キリストの身体を清め、またイエスの着ている服を洗ったことから付けられました。聖家族はパレスチナへ戻る際、再びこの地を訪れます。今でもイエス・キリストが湧き出させた泉を見ることができます。
聖家族はモストロドから北東へ向かいます。
聖母マリア教会の聖画像・モストロド
聖母マリア教会の 聖画像・
モストロド
地下礼拝室への階段・聖母マリア教会・モストロド
地下礼拝室への階段・
聖母マリア教会・モストロド
教会の井戸
教会の井戸

カイロから55km程のシャルケイヤ県(Sharqiah)ベルベイス町(Belbeis)の木陰で休息をとります。後にこの樹木は聖母マリアの木と呼ばれるようになります。この町も帰りに通っています。
ベルベイスを出発して聖家族は北西に向かい、ナイル川を渡りメニエト・サマノード(Meniet Samannoud)の町に入りました。聖家族は住民に歓迎され、イエス・キリストは住民にご加護を授けました。この町には聖母マリアが粉を曵く時に使ったとされる円形の大型花崗岩製の臼があります。またイエス・キリストが祝福した泉もあります。
サマノードの町から聖家族は、北西方向のベロロス(Burullus)地方へ向かい、サクハ(Sakha)の町へ入りました。現在はカフル・エル・シェイク(Kafr El-Sheikh)に属しています。この町にはイエス・キリストの足型が付いている石があることから、コプトと呼ばれています。この石は盗難を避け、何世紀にもわたり隠されていましたが13年前に発掘されました。聖家族の旅の行程でサマノードからサクハまでの途中、ガルビア県(Gharbia)やカフル・エル・シェイク県(Kafr El-Sheikh)などの多数の町を通ることになりますが、幾つかの文献に、バルカス(Balqas)をとったことが記述されています。
石に付いたキリストの足跡・
聖母マリア教会
サクハ カフル・
エル・シェイク
石に付いたキリストの足跡・
聖母マリア教会 サクハ カフル・
エル・シェイク
マルタイル・アバノブ教会内部
サマノード ガルビーア
マルタイル・アバノブ教会内部
サマノード ガルビーア

サクハの町から聖家族はナイル川を渡って、ワディ・エル・ナトルーン(Wadi El-Natroun)に入りました。そしてイエス・キリストと聖母マリアはこの地に恵みを授けました。
その後、聖家族はカイロの方向へ向かい、ナイル川を渡り、マタレイヤ(Matareya)とアイン・シャムス(Ain Shams)に入ります。両地ともカイロ市内から10km程の距離にあります。当時アイン・シャムスには多くのユダヤ教徒が住んでおり、ユニアスというシナゴーグ(ユダヤ人の礼拝堂)がありました。マタレイヤには聖家族が休息をとったと言われている木陰があり、この樹木も聖母マリアの木と呼ばれています。また湧き出た泉をイエス・キリストが飲み、聖母マリアがイエス・キリストの衣服を洗った所からは、香リの良い植物が芽生え、香料の原料になっています。マタレイヤとアイン・シャムスを後にした聖家族はオールドカイロへ進み、途中ザトゥーン(Zeitoun)で休憩をとりました。
聖家族はザトゥーンからオールドカイロに入る途中、聖母マリアの古い教会もしくはエル・エバウェイヤ教会を通りました。幼いイエスの命を狙う者から逃れるため、洞窟に身を寄せ、後にその洞窟内にアブ・セルガ(Abu Seruga)教会が建てられました。その教会があるバビロン地区には聖女マリア教会、聖バルバハ教会、聖ジョージ教会、聖母マリア教会をはじめ、聖ジョージ女子修道院など多数の教会や修道院が建てられています。
聖母マリア教会・ザトゥーン
聖母マリア教会・ザトゥーン

聖家族はカイロ近郊のマアディ(Maadi)へ向かい、現在聖母マリア教会が建てられているアル・アダウェヤ(Al Adaweya)から船で南エジプトへ行きました。マアディは当時エジプトの首都メンフィス(Menphis)地区にありました。現在もなお、聖家族が通った石段は、教会の中庭を通り神聖な場所としてみなされています。
1976年3月12日、コプト教ではバラムハット月(Baramhat)3日目の金曜日、教会に面したナイル川水面に聖書の予言者イサイアーの19章25の「エジプトの民よ」のページが開かれて浮いているのが発見されました。この聖書は聖母教会のガラスケースに納められ、見学者は見ることができます。
聖母マリア教会・ザトゥーン
聖デミアナの聖画像・
聖母マリア教会 マアディ
古代の石段・聖母マリア教会 マアディ
古代の石段・
聖母マリア教会 
マアディ

聖家族はアシュネイン・エル・ナッサーラ(Ashnein el Nassara)の西10kmに位置するアル・ガーノウス(Al Garnous)村、アル・ガーノウス修道院の敷地内に到着しました。聖母教会の西外壁には、聖家族が利用した深い井戸があります。
その後、聖家族はアバイ・イッソウス(Abai Issous)と呼ばれるベニ・マザルの西17km、アル・バフナッサ(Al Bahnassa)の東、サンダファ(Sandafa)へ向かいました。
アル・ガーノウス修道院の井戸 マガーガ
アル・ガーノウス修道院の井戸 
マガーガ
聖母マリア教会内部
アウ・ガーノウス修道院 マガーガ
聖母マリア教会内部 
アウ・ガーノウス修道院 マガーガ

バフナッサを後にした聖家族はサマロウト(Samalout)の町へ南下しました。そしてナイル川を東に向け横断しました。メアディヤット・ベニ・カリッド(Meadeyat Beni Khaled)の南2km、サマロウトの東ガバル・エル・タイール(Gabal El-Tair)(鳥の山)には、現在聖母マリア修道院があります。このガバル・エル・タイールの地名は幾千もの鳥が集うことに由来しています。聖家族は古代教会内にある洞窟で休息しました。コプト教の言い伝えによると、聖家族に向かって大きな岩が落ちてくるのを見たイエスが手を伸ばし止めたことから、ガバル・エル・タイールはガバル・エル・カフ(Gabal El-Kaf)(手の山)とも呼ばれています。
聖家族はガバル・エル・タイールの南を通ると、月桂樹がナイル川に沿って茂っています。そのうちの一本がイエスにお辞儀をして祈ったと言われています。そしてその木はアル・アベド(Al Abed)(崇拝者)と呼ばれています。
アル・アベド(Al Abed)(崇拝者)の木 ナズレット・エベイド ミニア
アル・アベド(Al Abed)(崇拝者)の木 
ナズレット・エベイド ミニア

聖家族はナイル西岸へ渡り、アル・アシュムヌイン(Al Ashmounein)、別名ヘルモポリス・マグナ(Hermopolis Magna)の町へ向け、歩を進めました。
聖家族はコウシア(Qoussia)の西7kmのメイア(Meir)、別名メイラ(Meira)では、住民に歓迎され、イエス・キリストは住民にご加護を授けました。
聖家族はガバル・カスカム(Gabal Qussqam)(カスカム山)へ向かいました。カイロの南327kmのアシュート州にあるガバル・カスカム(Gabal Qussqam)の麓の西側に、アル・ムハラク修道院があります。聖家族は6ヶ月以上、ここの洞窟に滞在しました。後にこの洞窟には聖母教会が建てられました。その教会は修道院の西側に位置しています。幼いイエスがよく祭壇の石に座っていました。この場所は、聖家族が滞在した中でも重要な場所の一つで、第二のベツレヘムとも呼ばれています。
アル・ムハラク修道院に滞在中のある日、ヨセフの夢に天使が現れてこう言いました。
「立ち上がれ。幼な子とその母を連れてイスラエルの地へ行きなさい。幼子の命を狙う人々は死んでしまった」(マタイの福音書第2章20と21)
古代の要塞 アル・ムハラク修道院
古代の要塞 
アル・ムハラク修道院
聖母マリア教会入口 アル・ムハラク修道院
聖母マリア教会入口 
アル・ムハラク修道院

聖家族は来た時とは別のルートを通って帰路を進めました。
アシュートの南西8kmドロンカ山へ行きました。聖家族によってご加護が授けられ、頂上にはドロンカ修道院が建てられました。
パレスチナへの帰路、聖家族はオールドカイロ、マタレイヤ、マハンマ、シナイを通りました。聖書の歴史では、最終的に聖家族はナザレス村で落ち着きました。3年以上に渡るベツレヘムからナザレスへ戻る旅は、2,000kmにも達しました。

バレイヤ・オアシス

バハレイヤ

Image
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2,000平方kmの面積を持つハバレイヤ・オアシスは石英岩と苦灰石の黒い丘に囲まれています。高さ50mの丘、ジェベル・アル・ミイイスラーハの頂上からはオアシスの村々や畑、さらに古い居住地区の一部を飲込む恐れもある広大な砂丘を見下ろすことが出来る。ここは野生生物も多く、ナツメヤシ、オリーブ、アプリコット、米、とうもろこしなどが栽培されています。
バウィティはバハレイヤ・オアシス最大の村で、まるで絵画のように美しい丘の中腹からは、ヤシの木の豊かな林を見下ろすことができます。水温30度のローマ時代からの温泉、アイン・アル・ベシュモがこの林の灌漑の水源です。近隣のアル・カスル村はカラト・ヒルワーハ第26王朝時代の神殿跡地にあり、ここには当時の絵画が残っている墓もあります。バハレイヤはbル・マタール、ビル・ガバなどの鉱泉、硫黄泉で有名ですが、この地はまた地元のベドウィン達には音楽や詩を気軽に朗吟する場所として知られています。砂漠への日帰りの遠出をして戻ってきた後は、カフェでのんびりしながら、シーシャ(水たばこ)を吸ったり、バックギャモンで遊んだり、または本物のベドウィンの音楽を楽しむことができます。
日本人観光客に人気のあるスポットです。
日本人がオーナーのホテルもあります。
(インターナショナル・ホットスプリング ホテル)

白砂漠

バハレイヤ・オアシス方面からの旅行者は、まず黒砂漠を越え、途中にアル・ハイズという小さなオアシスを通 過することになります。付近にはコプト教の絵画が残る教会跡などを含むローマ時代の遺跡があります。
バハレイヤとファラフラの間には広大なゴールデン砂丘が横たわり、この地域は写真撮影には絶好の場所です。さらにアル・シッリーム峠を越えるとその先には白砂漠が広がっています。そこでは風によって不思議な形に削られた岩々が超現実的な世界を作り出し、特に日の出、日の入の時にはミステリアスな風景を楽しむことができます。
ちょうどその時間には月が白い岩々の上に昇り、砂漠にいるというよりも、まるで氷山や雪だまりに囲まれているか、または月面に立っているかのような錯覚に陥ることでしょう。月の出ない夜に焚き火を囲み、空を見上げればそこには美しい銀河が広がり、流れ星で溢れています。ラクダやジープでの白砂漠への旅には温かい食事とベドウィン風に砂の中で焼かれたバンも用意されています。

エジプト1日観光 おすすめ ツアー


 
 ツアー1 :             ギザの3大ピラミッド半日観光(半日コース): (所要時間約2,3時間)

ピラミッドエリアに近づくと、砂漠の水平線に忽然と現れる3大ピラミッド、3大ピラミッドのうち、
1日300人しか入場できないクフ王のピラミッドに入場いたします、回廊を登り玄室へと向かいます。
その後は、ピラミッドを見守るように佇む神秘的なスフィンクス、河岸神殿観光を見学、

3大ピラミッドのパノラューポイントを見学します。
  ツアー2 :             ギザのピラミッド・らくだでゆったり観光 (半日コース):(所要時間約3,4時間)

エジプトに行ったら、らくだに乗ろう!!
ラクダもしくは馬(選択可)に乗り換え、砂漠の風に吹かれながら、ゆったりと
世界遺産のギザの3大ピラミッド、そして、らくだに揺られてピラミッド周辺を遊覧した後、
死後のクフ王が天空を旅する時に使ったと伝えられる太陽の船を見学し大スフィンクス、

河岸神殿観光、3大ピラミッドのパノラマビューポイントをめぐります。
   ツアー3 :             メンフィス、サッカラとダハシュール:(所要時間約5,6時間)

カイロからサッカラ街道を南へ古都メンフィスへと向かいます。
メンフィスでは、アブシンベル大神殿を築いたラムセス2世の像やアラバスター製 のスフィンクスなどを見学。
そして、サッカラではピラミッドの原型とも 言われるジェセル王の階段ピラミッド、ダハシュールでは角度が途中で 変えられた屈折ピラミッド、赤のピラミッドを見学します.
  ツアー4 :              ギザのピラミッド、メンフィス、サッカラ:(所要時間約5,6時間)

3大ピラミッド、(クフ王のピラミッド入場はオプションです)、回廊を登り玄室へと
向かいます。その後は、ピラミッドを見守るように佇む神秘的なスフィンクス、河岸神殿観光
を見学、3大ピラミッドのパノラマビューポイントを見学します。メンフィスへと
向かいます、ラムセス2世の像やアラバスター製のスフィンクスなどを見学。
そして、サッカラではピラミッドの原型とも言われるジェセル王の階段
ピラミッド、


  ツアー5 :             カイロ市内観光(半日コース): (所要時間約3,4時間)

エジプト博物館(ミイラ室入場)、エジプト考古学博物館には、貴重なファラオの遺品から庶民が使った農機具まで、エジプトの栄光を物語る数々の遺品が展示されています。
中でもツタンカーメン王の黄金マスクや棺、贅を尽くした装飾品は必見。

また、ファラオたちが永遠の眠りにつくミイラ室も訪れます。見学の後は、タハリール広場から目抜き通りをドライブし車窓からカイロの町並みを見学します。


  ツアー6 :            カイロ市内観光: (所要時間約6,7時間)

エジプトの歴史的遺産が一同に集められ、日本でも有名なエジプト考古学博物館,有名なツタンカーミンの黄金の品々などをお楽しみください,昼食をお召し上がりいただきます。

午後でイスラーム都市カイロ(1979年、文化遺産) 、カ イロ発祥の地と言われ、古いコプト教会やコプト教の歴史が見られるオールドカイロ、イス ラム地区にある城壁 に囲まれたシタデルやシタデルの中にあるモスクのモハメドアリモスク、ハンハリーリ 市場へご案内いたします。



  ツアー7 :             ワディ・ライアンと世界遺産ワディ・イル・ヒタン日帰りツアー :(所要時間約7,8時間)

午前で自然保護区のワディ・ライヤーンで滝や湖を観光後、新世界遺産のワディ・イル・ヒタン
(鯨の谷)へ(2005年7月にエジプトで初めて世界自然遺産に登録された近年気の観光地です)。

  カイロから車で約2時間、ルートに沿って化石や素晴らしい砂漠の風景をお楽しみ下さい。
  ツアー8 :          ナイル河ディナークルーズ:(約3時間 夕食付き)

カイロの夜景とリッチな夕食を楽しむにはうってつけのエンタテイメント。
カイロに夜のとばりがおりたころクルーズ船は出航します。
エジプト料理を含む多彩なメニューをブッッフェ形式で楽しんだ後、ベリーダンスやスーフィー の旋舞などを楽しみます。


  ツアー9 :          オールドカイロ、(半日コース): (所要時間約3,4時間)
 
オールドカイロは、カイロ発祥の地とも言われてます、古いコプト教会(原始キリスト教会)
とコプト教徒の住む町ということで巡礼や聖地訪問で来られる方も多いようです。
マル・キルギス通りや古い写真売りで歩きますし、聖ジョージ修道院、3~4世紀の初めに
聖母マリアにささげるために建設された最も古い教会のひとつのアル・ムアッラカ教会、
半地下通路に行って、聖バ-バラ教会、ベン・エズラ.シナゴ-クや聖母マリアとキリスト一が 
約100日間を隠れた場所の聖セルギウス教会をご案内します。

もっと時間かある方にコプト博物館も案内します、コプト博物館ではエジプト各地から集められた独特な雰囲気を持つ貴重な遺産がおさめられています.
  ツアー10 :          古代エジプトファラーオの村:(所要時間約4,5時間)

ナイル川に浮かぶ島に作られたファラオ村を案内します、ここでは、古代エジプトの生活を再現した、
   テーマパークです、古代人の格好をしたスタッフが、実際に古代の手法で魚をとったり農業をしたり
   香水、パピルス、つぼや船などを作ったりして楽しめに見せてくれますし、他では見られないです。
さらに10の博物館があります、ピラミッドの作り方がテーマとなっている「ピラミッド作成博物館」、   ミイラ作りが現実的な模型で説明されている「ミイラ作り博物館」、アレキサンダー大王とクレオパトラ  の博物館、ナポレオン博物館、イスラミック博物館、ナセル、サダト元大統領の博物館などもあります。その村の中でも、必見なのはツタンカーメンの墓を再現したコーナーです、実際に発見された当時のままの様子が再現されています。副葬品のレプリカのいくつかあります、



  ツアー11 :          アレキサンドリア日帰り観光 :

アレキサンダー大王によって 、王国の首都として築かれた町。

専用車で「地中海の真珠」と呼ばれるアレキサンドリアへ。早朝、カイロを出発し約4時間でアレキサンドリア到着。到着後、世界最大といわれる地下墳墓コム・エルシュワファのカタコンベ、ポンペイの柱を見学した後シーフード料理の昼食。午後は、地中海に浮かぶようにして建つカイトベイの要塞、国立博物館を見学します、その後カイロへと戻ります。

  ツアー12 :          アブ・メナ観光修道院:

アブ・メナは、1979年に文化遺産として、2001年に危機遺産として登録される。 アレキサンドリアの南西45kmに位置するこの街は4世紀からこの地域で独自に発達したキリスト教、 コプト最大の聖地として栄えました。古代エジプトにおけるキリスト教巡礼の中心的存在だった都市の遺跡。その遺構はほとんど残っていないが、聖メナスの遺体が埋葬されているとされる古代教会の場所に、現在の修道院が建設されました。バシリカのような大建築物の土台は、今でもはっきりと識別できます、


  ツアー13 :          ルクソール日帰り観光(終日コース):

カイロ(空路)→ルクソール観光(空路)→カイロ 
航空機でルクソールへ。
到着後、ナイル川にかかる橋を渡り、西岸へ。王家の谷

(ツタンカーメン王の墓見学はオプションです)、ハトシェプスト葬祭殿、メムノンの巨  像を見学します。昼食後は、東岸のカルナック神殿とルクソール神殿を見学。夕方の飛行 機でカイロへと戻ります。夜にカイロ到着後、専用車でホテルへ。



  ツアー14 :          熱気球でルクソール遊覧飛行(ルクソール発):

ルクソールの大パノラマ観光
気球から生の地と死を地眺めるというとってもロマンチックで思い出になるツアーです。
当日は夜明け前にホテルを出発、約45分のフライトが始まります。
高くまであがったら、地平線を見つめましょう、飛行中は360度のパノラマでエジプトの風景が目の前に広がります。
確かに野外博物館を見たような壮大なエジプトの絶景をお楽しみ下さい。
きっとエジプト旅行の素敵な思い出になります、 感動すること間違いないです。


  ツアー15 :          ピラミッドでの音と光のショー:

ギザのピラミッドがライトアップされ、スフィンクスがエジプトの歴史を語り始めます。

1時間で幻想的な音楽とナレーションが絶妙に照明とあいまって一大スペクタクルが
繰り広げられます。また、夜空に線を描くレーザー光線も印象的。忘れられない思い
出になることでしょう.

日本語のショーは木曜日の第1回目のショーで行われます。
19:30(冬時間) 、20:30(夏時間)。




  ツアーに含まれるもの:
  ツアに含まれないもの: